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私は湘南で生まれ、育まれ、誇りを持って「湘南っ子」と言える幸せ者だ。そして生まれた時から持たせてくれた音楽の才能を使って、詩を書き奏で、歌っているシンガ−ソングライター。
海のそばの小高い山で育った私の周りには、自然がいっぱい。その豊富な自然の中で感じてきた波の音や海の香り、風に揺れる松の木の優美な姿、トンビの鳴き声や小鳥たちの歌声、挙げだしたらきりのない程のおおらかな優しい湘南の自然を、みんなと分かち合いたくて、感じたままを歌い続け、楽曲を作り続けています。 海に来られない人や、優しい風にふれたい人、窮屈な都会に悲鳴を上げている人、心の安らぎを求めている人、海が大好きな人、そんな人達に少しでも一時ホットしてもらえたら、こんなすてきな環境で育った恩返しになるかな、とも思ったり。 きゅうきゅうとした世の中で湘南の海ほど、すべてをさらっと忘れさせてくれる場所はない。そばに住んでいる私でも、散歩に出かけ、海を見れば思わず深呼吸をして、アーアーとため息が出てしまう。そこですべてが和らぐ。そして砂浜にすわったり、歩いたりしているうちに「いいんじゃない・・あせることもないし、そのままで、身を任せていきましょう・・」なんて波の言葉で心を励ましてくれる。雲が見守っていてくれる。風が背中をなでてくれる。私にとってのこの環境は、とにかくかけがえのないもの。そのすべてが私の音楽に影響しています。川べりを散歩しながら鵠沼の松を眺めいつも思う。この松はどのくらい昔から生きているのだろうか・・。江ノ電が走り出した時はまだ小さかったのかしら。きっとあの有名な作家がこの鵠沼で遊んでいた頃からこの姿になったのかしら。変わっていくすべてをあの松の木は高い視点で眺めているのだろう・・と。 生まれてからずーっと住んでいる湘南っ子としては、今迄のように「湘南に住んでいるの、いいでしょ」とはいかなくなってきています。つまりは自然がどんどんなくなっているから、湘南の良さが薄れつつあるから・・。これからの湘南スタイルは今迄と違わないといけない、と思うようになってきました。私が生まれた時から当たり前のようにある海や砂浜、そして松の木、この取り巻く自然は本当にかけがえのないもの。なくなってしまった時にはもう遅い。みんなでこの環境に感謝をしていかなくては。「ありがとう」と言っていかないといけないのではないでしょうか。 世界に目を向けてみても、私たちのように安全で、しかも尊厳を持って生きる事の出来ない人が、8割もいる事実を知ると、やはり湘南という環境は、大切にみんなで守り育てていかないといけないのでは。 私は音楽で湘南の持つ安らぎを表現していきたい。海で遊ぶ人のなかで、怖い顔をして遊んでいる人は一人もいない。みんなが笑い、子供達はキャーキャーと叫んで全身に海を感じている。犬たちだってうれしくて走り回っている。穏やかでおおらかな湘南の自然は私たちにいつでも夢や希望をもたらしてくれる。暴力や破壊であふれている、荒れた波動の世の中を、優しさや思いやりの心で癒し、中和していけるのではないか。私はそう信じています。だからこそ湘南が好きで、湘南を愛する人達とこの素晴らしい自然に恵まれていることに感謝をし、安らぎを発信していきたいと思う。それが湘南に住む人達の自然な姿だと思うから。 私は海のそばの湘南という環境に育ててもらった、誇り高き湘南っ子。私のかけがえのない財産は、湘南の海で育まれた感性とその心。これが私の湘南スタイル。 湘南の海や風は湘南から生まれた心、暴力のあるところには、愛を、破壊のあるところには、優しさを、悲しみに包まれているところには、癒しを、憎しみのあるところには、許しの心を、病のあるところにはそっと手を差し延べられる心を乗せて、かならず平和なやすらぎの世界を届けてくれると信じています。自然はいろんなかたちで私たちに語りかけてきてくれる、湘南にいる人達が一番その声を聞ける感性を持っていると思うのです。その感性を育て心豊かな人々が住む湘南を皆で分かち合いたいと思うのです。私の湘南スタイルはこれからもずっとずっと成長し続けることでしょう。私の音楽という作品を通して発信し続けていきます。そして皆で、それぞれの感性に磨きをかけた素晴らしい湘南スタイルを作り上げていきたく思います。私の湘南スタイル、応援してください。 琢磨啓子 |